林覚乗(はやしかくじょう)和尚の話を紹介します。
————————————————————
新聞記事に載っていた話です。
主婦A子さん(二十九)の夫は、機械リース会社に勤務する
ごく普通のサラリーマンだったのですが、あるとき商品相場に
手を出し、会社や金融業者から借りたお金が約2000万円。
これに、家のローンや勝負ごとの負けも加わってついにマイカーごと蒸発。
その日以来、A子さんは毎日夕方になると
三歳の長女を連れて自宅近くの陸橋へ出かけるのが日課になりました。
毎日、毎日、きょうこそ夫が帰ってくるのではないかという期待を胸に
陸橋の上にたたずむ日が続きました。
しかし、一ヶ月が過ぎても夫は帰らず、連絡すらもありません。
借金の督促は厳しく、
帰るあてのない夫を待つことに疲れ果てたA子さんは、
何度も死ぬことを考えたといいます。
そんな四月の雨の日、一台の車が陸橋の下で止まり、
A子さんと同じ年恰好の女性が降りてきて、二人に声をかけました。
「間違ったらごめんなさい。
いつもそこにいるけど、身投げなんかしないでね」
この女性は日頃、陸橋の下を通り二人を見ていたんですね。
A子さんは、思わず心の中を見すかされたような気持ちになりました。
A子さんが返す言葉もないままでいると、
その女性は小銭入れを渡したそうです。
中には小さく折った一万円札が二枚とメモ用紙が入っていました。
「いつも気になって、あなたのことを見ていました。
人生って死んで何もかも終わりだと思うけど、
お子さんだけは道連れにしないでね」
と記されています。
さらにもう一つ、小さなカエルのマスコットが入っていました。
A子さんには、このカエルが「帰る」という言葉に結びつき
何かの暗示のように思われ、その場で娘を抱きしめながら
あふれる涙を抑えることができなかったそうです。
「勇気がわいてきて、立ち直れそうな気持ちになりました」。
その後、北陸の旧家のA子さんの実家では夫と縁を切るという条件で
お金の始末をつけてくれることになり、
A子さんも里帰りして出直すことになりました。
立ち直ったA子さんはその姿を見てもらおうと
何度か陸橋に出かけたのですが、
なぜかあの女性の車は通らなかったそうです。
A子さんが命の恩人を探している、
ということで新聞の記事は締めくくられています。
『心ゆたかに生きる』林覚乗・西日本新聞社より抜粋転載
————————————————————
人が困っている、いや困っていそうだと感じて
赤の他人であっても見返りを求めずに思いやりの手を差し伸べる。
人は、ここまで人に思いやりと慈悲の心をもつことができる。
頭で大事だとわかっていても、見ず知らずの人に対して、
そうそう出来ることではありません。
おそらく、この車から降りてきた方も、
同じように大きな挫折や苦悩を味わったことの
ある方なのでしょう。
深い悲しみや孤独を癒すのは、
そして、絶望を希望に変えるのは、
私たちの温かい言葉、優しいまなざし。
少しでも誰かに力を与えられる人になりたいですね。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。